「デカフォレストに聞きました」第12回 茂木 昭和さん
茂木 昭和さん(埼玉県)
野辺山初参加年:1995年
野辺山初完走年:1995年
野辺山完走回数:10回
1、普段の練習方法を教えてください。(月間走行距離、年間大会参加数など)
月間走行距離500~600km。年間参加大会30回。
月平均2~3レースに参加し続ける茂木さんですが、毎年大体決まったレースに参加しているそうです。そしてこの30回の中にはご自身のレースだけでなく、伴走者としてのレースもあるそうです。また、マラソンだけでなくトライアスロンのレースも参加しているとか。
2、野辺山ウルトラ完走攻略は?(最初の難関、最後の難関、必需品など)
最初の難関は八ヶ岳林道、最後の難関は馬越峠。
初めての野辺山では林道の走り方が分からず、小石をけり続けたそうです。「思ったより足が上がらなかった」と言う茂木さん。なんと家に帰ったら足の爪全てに負傷していたそうです。そして、馬越では下りのキツさに難渋し、「下りを走る研究」までもしたと言います。
林道の足の運び方、馬越の下りは茂木さんの野辺山2回目の課題としてとらえられたようです。(追記:そして迎えた2回目の野辺山で自己最高記録を達成!「若さと研究」の賜物だったとか)
3、 デカフォレストを目指した瞬間はいつでしたか?(もしくは、目指したきっかけ)
ウルトラを今まで参加が北海道、秋田、静岡で、長野県の野辺山ウルトラの開催を知り申込みし、第1回大会から参加して10回大会完走を目指して挑戦し、見事達成のときは感激のあまり涙が止まりませんでした。
4、デカフォレストになった瞬間の気持ちを教えてください。
オリンピックの有森裕子選手の言葉ですが、自分で自分をほめたい気持ちです。
5、デカフォレストになって変わったこと、良かったことはありますか?
マラソン仲間から日本一きつい大会の野辺山ウルトラマラソンを第1回から第10回大会連続出場。連続完走し、仲間から頑張りの茂木さんで知られています。
6、あなたにとって「デカフォレスト」とは何ですか?
忍耐と努力、継続です。
7、デカフォレストを目指すランナーへメッセージをお願いします。
自分の平均体重をいつも維持すること。走った後のストレッチが大事。
何のスポーツでも柔軟がなければ駄目です。
自分は開脚180°開き、胸が床に着きます。
マラソンの他にはトライアスロンの現役です。
「年取ったからいいや」と言う諦めは絶対に持たないと言う茂木さん。「年を取ったからこそ」毎日走るし、努力する。その姿勢が同じ年代の方々よりも若々しい考え、そして肉体を保っているのでしょう。「野辺山は10回で卒業したんだ」と言われる茂木さんですが、この企画で野辺山を懐かしく思い出されたそうです。是非もう一度野辺山を走っていただきたいものです。
次回は4月3日。寺島三喜男さん、中沢丈雄さんにご登場いただきます。